五感で味わう和菓子の世界

毎年31日から14日にかけて奈良県東大寺の二月堂では「修二会(しゅにえ)」という仏教行事が行われます。天平勝宝4年(752年)から続き、実に1273回を数える長い歴史をもちます。古代から、天災や疫病、反乱を鎮静化させ、国家や万民の幸福を祈る目的で行われてきました。
現在は、堂内の十一面観音菩薩像の前で、選ばれし11名の僧侶が、私たちのあやまちを懺悔(さんげ)し、仏様に許しを請うことによって、災いの無い世界の実現を期すると同時に、幸福をも呼び込もうとする法要として続いています。

別名「お水取り」とも呼ばれますが、これは312日深夜、観音様にお供えするお香水を若狭井という井戸からくみ上げてくることに由来します。くみ上げられた水は、須弥壇(しゅみだん:仏像などを安置する台座)下に納められます。

その須弥壇の四隅が椿の造花で飾られるのですが、その鮮やかな姿を形どった生菓子が奈良の和菓子店ではその期間中限定で製造されます。

菓子の名前(菓銘)は、「糊こぼし」。
(写真は、江戸時代後期創業「萬々堂通則」の糊こぼし)
赤い花びらに白い糊がこぼれたような様子に由来した名前で、見た目の美しさはさることながら、溶けるように柔らかい口当たりが特徴的な上菓子です。その鮮やかな赤と白が、春の訪れを感じさせます。
 

この糊こぼしをはじめとして、行事や季節にあわせた和菓子が長きにわたって日本でつくられてきました。その顕著な発展は江戸時代といわれます。歴史上稀にみる戦争の起きなかった江戸時代、経済や文化が大きく発展する中、それまでには無かった雅(みやび)な和菓子が生まれ、四季の風物や和歌などをモチーフにした「菓銘」(菓子の名前)がつけられたのも江戸の時期です。

そうして古くから、私たち日本人の暮らしに、美しく繊細な味わいをもたらしています。特に年中行事などの節目において和菓子は大切な役割を果たしており、たとえば55日の端午の節句菓子は、柏餅が特に関東において主流です。柏の葉は新芽が出るまで古い葉が落ちないことから、家系の継続を象徴する縁起物と伝わっているのは江戸時代以降のことです。和菓子にかぎらず、様々なものに意味や祈りを込めるのは日本人らしい特徴といえます。

 

暮らしにおけるさまざまな節目で、和菓子の魅力を五感で味わうことができるのは心豊かな体験です。視覚や味覚といったところは当然でしょうが、個人的には聴覚での和菓子の捉え方が面白いと感じます。これは前述している「菓銘」に関わっていまして、たとえば「立田餅」という菓銘。断面に流水と紅葉の様子がえがかれた菓子で、その意匠と菓銘から、紅葉の名所として有名な奈良・竜田川の美しい情景を想像させてくれます。この竜田川は多くの和歌で季語として詠まれ、平安前期の歌人・在原業平の「ちはやぶる 神代もきかず 竜田川 からくれないに 水くくるとは」などがあります。
このように、菓銘には、その銘を聞いただけで想像される和歌やそこから広がる情景に導かれるという魅力があります。これが聴覚により和菓子を味わうということです。

 

草木花や虫の音、風といった季節や自然界の微妙な変化を感じながら暮らしを営んできた日本人によってうみだされてきた和菓子の世界。美味しい洋菓子も本当に多いので中々和菓子を味わう機会も少ないかもしれませんが、時には奥深い和菓子の世界を一服のお茶とともに堪能する時間を作ってみてはいかがでしょうか。
3月に入り、季節はいよいよ春へと移り変わります。桜をはじめとして春ならではの美しい花や情景を映し出した和菓子が店頭に並び始めます。
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風狂がかたちづくるもの

失われつつあるかつての日本の精神をヒントに、一見だれも気に留めないようなワンシーンを切り取り、既成概念にとらわれない自由なかたちで表現します。

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