方丈記(後)

前回は、方丈記の作者、鴨長明がいかに困難な世を生き、苦難を経験してきたかに触れました。
方丈記は、そうした平安末期の繰り返し起こる自然災害や自身の不遇の経験から、人間や住み家の無常さに気づくことで、理想の生き方とはどんなものか、鴨長明が書き記したものです。
 
今回は、この作品の中身により触れていきます。
この随筆の中でもっとも有名な一節といえば、やはり冒頭部分でしょうか。高校古典の教科書でも取り上げられているため、耳にした方もいらっしゃるかもしれません。

“ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にはあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例なし。世の中にある、人と栖(すみか)と、またかくのごとし。”
川の水は常に流れ、(同じ場所に)もとの水が戻ってくることはない。水面に浮くあわは、一方では消え、一方では生じるが、そのまま残ることは無い。世の中の人間や住居も同じで、世にとどまることは無い。
世の無常さを水面に浮かぶ泡でたとえた情感豊かな美しい表現です。文章全体の主旨を捉えるとともに、読み手を本文へと引き込みます。

 
前半部分では、長明が青年期に経験した数々の天災により、街が荒廃していく様子が描かれます。
たとえば、安元の大火(1177年)の描写においては、
“あまねく紅なる中に、風に堪えず、吹き切られたる焔(ほのお)、飛ぶが如くして十二町を越えつつ移りゆく…七珍万宝(しっちんまんぽう)さながら灰燼(かいじん)となりにき”
迫力ある言葉の紡ぎ方によって、大火により京都の街が崩れていく恐ろしい様子がイメージされます。
 
その後も鋭い観察眼のもとで飢饉によって人々が命を落としていく様子や大地震による被害の様子が次々に描写されます。
数々の災難を経ていく中で、長明は人間の命や暮らしの無常さを強く感じます。その心情が以下の文からも見てとれます。
 “人のいとなみ、皆愚なる中に、さしもあやふき京中の家をつくるとて、宝を費し、心を悩ます事は、すぐれてあじきなくぞ侍る”
(訳:人間のすることはすべて愚かであるが、そんなにも危険な京都に家をたて、財産を費やし心を悩ます事は、とりわけ意味のないことだ。)

こうした経験は長明の「住み家」に対する価値観を大きく変えることとなりました。


後半部分では、その「住み家」に対するこだわりが強く現れてきます。
30歳で最初に庵を結び(小さな家をつくり)、50歳で隠遁生活(俗世間から逃れて生活すること)に入るわけですが、とりわけ、日野山(現在の京都市伏見区)での生活の様子は大変興味深いです。
とても小さな家(3m四方、天井の高さ2m)の中に、仏具棚を配置し、阿弥陀如来や普賢菩薩(優れた智慧で現世のあらゆる人々を救済する仏様)の絵像を飾ります。その他は、和歌や音楽の書物、琴に琵琶といった楽器を並べ、最後に寝床を用意するだけ、というミニマムな生活スタイルを実践していました。

後半部分で個人的に好きな一節の中に、住居周りの四季の美しさをあらわしたものがあります。
‟…春は、藤波を見る。紫雲のごとくして、西方に匂ふ…“
(春は藤の花の波のように揺れるのを見る。それは弥陀来迎の紫雲に似て、西方に咲き映えている。)
長明の仏教的かつ芸術的な感性を感じられる印象的な一節です。

終盤にさしかかると、自己を客観的に見つめる長明の姿が伺えます。
“…世をのがれて、山林にまじはるは、心を修めて、道を行はんとなり。しかるを、汝、姿は聖人にて、心は濁りに染めり。…” とあり、鴨長明自身が、俗世間を離れて山に入ったが悟りには至れず、煩悩を抱えていることを自認している様子がうかがえます。
そうして最後は、“ただ、かたはらに舌根をやとひて、不請の阿弥陀仏、両三遍申して、やみぬ。”と記し終えています。(訳:ここに、けがれたままの舌をうごかして、阿弥陀如来をお迎えする儀礼もととのえず、ただ念仏を二、三べんとなえるだけ。それで終わったのだ。)
 
この方丈記、現代の私たちにはどのような気づきを与えてくれるのでしょうか。
まずは、この世にあるすべてのものが一生続くものではないという無常さ、物質的な豊かさを求めることの限界を伝えてくれています。これは、800年前も今日も変わらないのです。
今日、社会の進歩や変化のスピードはすさまじく、個人の豊かさの尺度はいっそう多種多様なものになってきていると感じます。そうした社会の流れから一歩身を引いて、自分の心を本質的に豊かにするものを見つけること、そうして見つけたものを自由に楽しむ環境を自分自身で整えることの充実感を長明の姿から学び取れるような気がします。
それは、決して完全に確立されたものである必要はなく、迷いながらも自分なりの形にしていくことの大切さを教えてくれます。
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風狂がかたちづくるもの

失われつつあるかつての日本の精神をヒントに、一見だれも気に留めないようなワンシーンを切り取り、既成概念にとらわれない自由なかたちで表現します。

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